夢のスケッチ
アトリエにするための部屋を借りた。まだ見ていないが住んでいるアパートからは少し遠い。
山側に少し入らなければならない。
夫が運転する車で行ってみる。浅い川に沿って上流に登っていく。
川はきらきら光りながら均一に波を立てて流れていく。
川と道が交差する所の端を渡ってすぐ右側に、その家はあった。
向かいの家に京大の女の先生が住んでいる。私達が着いた時、ちょうど幼稚園くらいの男の子を自転車の後ろに乗せて出かける所だった。こちらの様子をうかがうようなしぐさでじっと見ていた。
家の中はホコリをかぶっているはずなので、先に私だけで中に入った。
ホコリを踏みながら、北側のカーテンを開けると、大きな深い川がべったりと横たわっていた。
対岸に芭蕉の大きな葉が並んでいる。大きな森の入り口。
西の窓を開けると、工場のような建物から人々が出てくるのが見えた。
薄くなってきた青空、灰色の雲がたなびく。もう夕方。
家々の窓から漏れる光がグリーンに変わってきた。
部屋の中で一人いろいろ考えていると、夫が様子を見に来た。
気付くと日が暮れて暗くなっているので、灯りをつけた。
部屋の中を見渡すと、南側にドアがある。
押入かな?と思って開けてみると、巨大な倉庫が現れた。
何か分からないが真ん中に大きな物があり、覆いがかけられ埃をかぶって眠っている。
倉庫の端が遠くに見える。パースの教科書のよう。
きっと思っているよりずっと巨大なんだ。永遠に続く線の先に小さな白いドアが見える。
娘が呼ぶ声が聞こえる。「おかあさん、掃除まだ?」
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考察
母親になった女性は逃げ場を失う。しかし最初の子供がまだ小さいうちはそのことに気づかず、自分のアトリエで制作できると信じている。
まもなく、または数年かけてじわじわと、自身が大切にしていた物の全てを失うことなど思いもせず、創作現場の暗闇にに佇んでいる。
そんな時、急に子供の呼ぶ声で現実に引き戻されるのである。
全ての希望や夢を失った後に、新たに思いがけないものを得ることがわかるのは、さらにはるかな将来になってからのことで、その時にはおばあさんと呼ばれている。