夢のスケッチ
私は一心不乱に顔をあらっていた。手首の内側を使って頭頂から顔の前面をすべらせる。
時々手首の内側を舐めてみたりする。
体中柔らかい毛に覆われ、日だまりに座ってうっとりしていた。
その時、静かだった家が急に騒がしくなり、娘と友達が楽しそうにはしゃぎながら入ってきた。
私の後ろ姿をみて、一瞬ぎょっとして固まったようだが、「おかあさん、また何をふざけているの?」と言った。
私はとっさに顔を反対方向に向け、耳を横にして寝たふりをした。
普段から私は猫のようだと言われてきた。わがままでプライドが高く、人の言うことは自分の都合の良いようにしか聞かない。ぐうたらなのに、きれい好きで神経質。勤勉でないから、つかんだ獲物は離さない。
しかし娘にはとっくにバレていたようだ。私を見ると大慌てで友達を外に連れ出した。また家の中は静かになった。その日、娘は少し遅めに帰宅した。
実際、私は猫になっていたのだが、たまたま娘が帰ってきた時は、お試し期間中だったのだった。
飼っている猫は、10歳を過ぎる頃からしきりに話すようになっていた。
人間の言葉はほとんど理解していて、こちらから話すとすべて分かるのだが、猫の口の構造だと言葉を話すには難儀をするようだ。最近は15歳を超え、はっきりとものを言う。なので、普段の会話には何の支障も無くなっていた。
その日、猫が私に「相談なんだけど」と言ってきた。「私と合体して化け猫になれば、お互いの寿命が3倍以上伸びるんだけど、どう?試しに一回、期間限定で化け猫になれるよ」
おもしろそうね、と私はすぐに話に乗ったわけである。
化け猫は、猫でもなく人間でもない。私は自分が大きな猫の姿になっていることをはっきり認識できている。自分の中に猫がいるわけではない。透明な何かが混ざりも接着もしないで存在している。猫も私もお互い影響を受けない、なんとも不思議な感じである。
でも耳の感覚には驚いた。空気中のつぶつぶが聞こえてくる感じなのだ。かすかな空気の流れも立体映像のを見ているかのように聞こえてくる。
「実は、化け猫にはもう一つ、特典がある。次に生まれ変わるとき、猫か人間か自由に選べる約束になる」と猫は言った。そうか。猫にね。ちょっと気持ちがゆらいだけど、私は猫に言った。
「人間がまだ存在する世界で猫に生まれ変わったら、損な気がするのでやめとく」
すると一気に化け猫の姿は解かれ、猫が私の前に座って、ふんっ、と横を向いた。
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考察
猫になりたいと言っている人はよくいるけど、私はそう思ったことはないのです。なぜなら、人間に生まれはしても、猫とどう違うのかわからない性格のようなのです。子供の頃も猫みたいだと言われ、若い頃もそう言われ、今となってはもうそうなんだと認めるしかないからです。
いまさら猫になる必要などなし。